9.子供Episode-8

 

白衣を着た男達が慌しく廊下を行き来している。遊星はそんな彼らを見送りながら廊下を歩いていた。白衣の男達は誰も彼に気を止めない、今の遊星は彼らには見えるはずは無いのだから。

―未だに信じられない。そんな顔をしながら辺りを見渡す。

「あの女性には、オレと同じ痣があったのは・・・何故なんだ・・・」

天井から自分の腹部くらいまでの巨大なガラスが張られた廊下、中を覗くとビニールのカーテンのような物にパイプで作られたベッドで誰かが寝かされている。カーテンのせいで誰なのか解らないが、大きさからして子供のようだ。

「・・・」

遊星はおもむろに壁に手をやる。透き通っていて周囲から彼の姿は見えないとしても、壁を抜ける事は出来ないか。そう呟きながら微かに笑った。

「このヤブ医者が!」

後ろから女性の怒鳴り声が響いた。驚いて振り向くと一人の女が二人の白衣を着た男達に取り囲まれている。女は髪を乱しながら目を赤く血走らせ、正面にいた眼鏡をかけた白髪頭の男に掴みかかろうとしていた。

「お前のせいだ!お前のせいであの子は!」

「これもシティの住民達の為です。それにあの子は元々身体が弱かった、いつ死んでも・・・」

「あんな実験さえなければ、あの子は死なずにすんだんだ!」

私の子を返せ!子供が死んでからずっと泣き続けていたのだろう、そう叫ぶ母親の声は擦れている。眼鏡の男は「外へ出せ」と目で部下達に訴える。部下の男達はその場にいようとする母親を引き摺るように連れ出す。

とっさに駆け寄った遊星は、女性の顔を見て立ち止まった。

―あの顔、どこかで・・・。

「元が身体が弱かったからな、最初の実験で直ぐに異常を来して直ぐにあの世逝きだったよ」

「可哀想だったよな、母親の目の前だったからな」

側にいた男達が口々に言う。その言葉に我に返りながらも、ふと、あの病室の女性を思い出す。

「・・・はは・・・おや・・・」

 

『置いていかないで!』

 

頭の中で子供の声がした。同時に遊星は心臓が引きちぎられるような痛みを感じ、自分を抱きしめるような形でその場に座り込んだ。座り込むと同時に周りの景色が割れたガラスのようにヒビが入る。

思い出したくない物が、頭の中で鮮明に蘇ろうとしていた。

「やめろ・・・」

遠くの方で獣の吠える声が聞こえるが、ガラスのように割れる周りの音にかき消されてしまう。

自分の心が針に刺されたように痛む。

 

―この子の親には悪いけど、こうするしか方法はないんだ

―サテライトのクズが、この子に触るな!

 

「思い・・・ださせないでくれ」

呟くような、悲しみを含んだその言葉と同時に、背景を写していたガラスの破片が、甲高い音を立てて、四方八方に飛び散った。

 

『良い子・・・良い子ね・・・』

女性の優しい声がした。その声に遊星は目を開いた。あの時と同じで身体は透き通り、相手から自分の姿は見えない。

また、あの時と同じ病室だ。しかし最初に来た時とは違い、花の匂いが微かに鼻に付き、温かみを感じさせた。先ほどまで彼を襲っていた痛みは、嘘だったかのようになくなっている。

―どうして、またこの病室に?立ち上がろうと上半身を持ち上げた、その時だった。

『身体は大丈夫なのか?』

部屋に誰かが入ってくる。誰だ、そう思って入ってきた人物を見ようとしたが、夕陽に反射したガラスに目が眩み、顔を確認することが出来ない。しかし声や姿からして男性である事は間違いなかった。

『ええ・・・もう大丈夫よ』

最初に聞いた声とは違い、少し明るい調子になった女性の声。立ち上がり彼女を見た瞬間、遊星はハッとした。

細い腕に抱かれた、白い布に覆われたもの。微かに見える小さな手から、それが赤ん坊だという事は解った。

それを見た瞬間、遊星は思わず自分の右腕を掴んだ。

「あれは・・・」

『今、極秘で痣を消す研究をしているから、それまで頑張ってくれ』

『あなた、その時は私を実験に使って』

『そんな事、出来るわけが・・・』

『お願いよ、そうすれば、もしこの子に痣が出たとしても、すぐに治療が出来るわ』

女性は切ない顔で夫である男に言う。彼は暫く黙っていたが、切ない顔の彼女の頬に手を添えた。

『たとえどんな事があっても・・・必ず助ける』

遊星は掴んでいた自分の手の力を強めた。同時に頭の中で過去の記憶が蘇る。

 

『それと、お前から預かっていたカードだ・・・決闘の時は本当に助かった』

『あ・・・ありがとう・・・』

一枚のカードを受け取ると、それを小さな手に掴ませた。母親の手と子供の手から見えたカードの絵柄。青白く光るドラゴンの絵。

彼の顔から、血の気がひいていく。

―こんな事、信じられない!!

「・・・頼む・・・」

遊星は小さく呟いた。それに反するように周りの声は彼の耳に入っていく。

『・・・そう、この子の名前なんだけど・・・』

―この子の親には悪いけど、こうするしか方法はないんだ

『明星を見ていて思いついたの、この子は・・・』

―サテライトのクズが、この子に触るな!

「・・・頼む、もう止めてくれ!!」

 

ドラゴンが悲しい咆哮を上げた。ドームの中にでもいるように頭の中で声が響いている。

頭に重りを乗せられたような感覚に、そのまま意識を手放した。

だが、あの声が耳の奥に、録音したカセットのように何度も繰り返し聞こえてくる。

『遊星・・・私の子・・・』


間奏曲Interlude