間奏曲《Interlude》
―サテライトのクズが、この子に触るな!
ちがう、オレはそんなつもりは・・・
―この子の親には悪いけど、こうするしか方法はないんだ
・・・待って、置いていかないで!
光のないサテライトでは、シティの光は神秘的な物があった。
幼い頃、仲間達はどうしてそんなに綺麗に光を放っているのか、それがどうしても知りたかった。
サテライトにいる大人でも、通る事が出来ない位の狭さとジャンクの山で通る事が出来ない場所があった。セキュリティの目を盗んで、その通りにある通風孔を、2,3人の子供達がその中へと入っていった。埃と泥で濁った水溜りが通風孔の割れたコンクリートから漏れ出し、腕や顔に降り注ぐ。カビの臭いが鼻に付くが、薄暗い通風孔の先に、微かに光が見える。
思い切り脚で鉄の柵を蹴ると、耳を劈く金属音とともに地面に落ちた。狭い路地の地面に着地し、隙間からシティの様子を幼い子供たちの目は捉えた。
見たことの無いネオンの色、自分の姿や街を映し出すガラス張りのビル。大小の車やバイクが通り、ビルの上には液晶テレビが見たことの無い物を映し出していた。
『約束だぞ、朝になるまでにここに集合だ』そう言って子供達はその場から別れた。
目を閉じているのに明るい光を感じた。
何かに包まれて安堵感を感じて、ゆっくりと目を開ける。太陽の光に舞っている埃がキラキラと光り輝いている。
倒れた棚がジャンク品に凭れるような形で倒れて、何とか瓦礫の下敷きは免れていた。しかし頬や身体のあちこちからは、血が流れ出して服や床に小さなシミをつけていた。
ゆっくりと辺りを見渡す。
「・・・オレは・・・」
空を見上げたまま彼は手を空にかざした。衝撃でやぶれたのか、右腕の長手袋が一部破れ、白い腕を覗かせている。
―生きてるのか。
『遊星・・・私の子』
知らない。
関係ない。
「オレは・・・あんたなんか知らない!」
あの時見た街の光景は今でも忘れない。
夜の街はネオンの光で昼間のような明るさに、嗅いだ事の無い匂い。色取り取りの服を身にまとった人達が笑いながら歩いているその中を、オレは泥塗れの姿で驚いた大人達の中を掻い潜り、無我夢中で走っていった。―そう、オレはワザとその中を走っていた。
走って走って、何度も躓きながらもずっと走って、気が付くと繁華街から少し離れた場所に位置している一際高い白いマンションの前に到着していた。躓いた時に頬に出来た傷を拳で拭う。
「どうしたの?」
後ろで声がする、驚いて後ろを振り返ると、赤い風船を持った同い年くらいの男の子が立っていた。
「怪我してるよ?だいじょぶ?痛くない?」
心配そうにオレに近付き、破れて血が出ている脚を見る。拳で顔の泥を拭きながらオレは尋ねた。
「・・・父さんと母さんを・・・探してる」
この子が知っている訳がない。今思うとそんな考えをしてしまうが、その時のオレはそう言った。
「ここにいるの?」
「・・・解らない」
下を向いたオレをさらに心配するが、その少年の後ろから声がする。
慌てて母親の元に走る子供を見る。母親は駆け寄ってきた子供を抱きしめると、目を細めて優しく何かを話していた。
「お母さん、この子、怪我してるんだ」
母親はオレを見て表情を変えた。その時のオレは、その表情の意味を理解していなかった、逆に別の事を考えたからだ。
―もしかして、この人がオレの・・・
鈍い音と同時に、男の子が驚いている顔が目に映った。一瞬、息が出来ずその場で倒れこんだ。
「サテライトのクズが、この子に触るな!」
げほげほと腹を押えて咳き込むオレに聞こえてきた言葉。子供は何が起きたのか解らず驚き、怒りの表情の母親に腕を引かれ車に乗り込む。けたたましいエンジン音と共に車がネオンの街へと消えていく。
子供に見せた表情とは違い、怒りに満ちた表情。
息を切らしながら仰向けになると、子供が掴んでいた風船が鉛色の空に昇って行く。風船の姿が消えたと同時に降ってくる雨が、容赦なく降り注ぐ。
震え上がって強く自分の肩を抱きしめる。
喉を鳴らして白いドラゴンが顔を覗き込む。遊星は瓦礫の隙間から足を出しその場に座り込むと、触れることの出来ない透明なドラゴンの頭から突き出した角に手を当てた。
「これは・・・お前が見せたのか?」
目を細めるスターダストに静かな口調で話す。
「どうしてオレに見せたんだ・・・、オレは・・・」
それ以上言う事が出来ず、遊星は言葉を閉ざした。
シティへ行ったあの時の事は今でも忘れない。冷たい地面に転がり、友が助けるまでずっと心の中で叫んでいた言葉。
―どうして置いて行ったの
何時しか仲間達と共に暮らして、自然に自分の中で親というものを仕舞いこんだ。今のオレにとっては、サテライトにいる仲間がオレの家族だから。
なのに、どうしてあんな過去の物を見せたんだ。あの二人はオレを・・・。
喉を鳴らしてスターダストは白い首を伸ばした。瓦礫によって辺りは埋め尽くされてはいたが、赤いDホイールは、落下した傷以外は殆ど無傷でその場にたたずんでいる。スターダストは白い角をそれに擦り付けるような行動を取る。
「・・・乗れ、というのか?」
ゆっくりと立ち上がりDホイールに触れる。
かつての仲間を追いかける為、そして仲間との絆・・・お前を取り戻す為に・・・。
『オレ、絶対に遊星見たいになるんだ!』
『遊星見たくなるには、あと100年必要ね』
オレは・・・そんな人間なんかじゃない。
遊星は黙ったままDホイールを機動させた。先ほどまで写っていたエラーの文字は消え、灰色の砂嵐になっている。画面に触れ、外部接続を試みたが上手く写りだされない。
液晶画面の電源を切ると、辺りを見回す。原型を留めていない入り口が獣の口のようにぽっかりと開いている。
「今は龍亜を探さなくてはいけない」
―先に進まなくてはならない、だから二度と過去の映像は見せないでくれ。
金色の目が静かに閉じられる。そんなドラゴンの頬を撫でるような仕草をした後、瓦礫の山となった部屋中にエンジンの音が響き渡った。星の光を思わせるの透明な色をした翼が広がり、陽の光を受けて輝く。
白い喉を反らし、ドラゴンが甲高く鳴いた。
「行こう、スターダスト」
10.故郷《Episode-9》