10.故郷《Episode-9》
風の音が耳元に響く。ヘルメットを装着していない頭部は風を受けてひやり、とする。
先ほどいた埃臭い建物から段々と離れ、見慣れた場所に変わっていく。
幅広い舗装されていない道、破壊され倒壊寸前のビル群・・・。
「・・・懐かしいな」
横目で辺りを見渡しながら、自分が育ったサテライトの町並みを見渡した。
ビルの入り口や裏通りの道には、数人の男達が決闘をしていたり寝転んでいたりしている。
「そいつなら、この道をまっすぐ行ったけど」
ビルの壁に凭れて拾ったカードを見ていた茶髪の男は、話しかけている遊星に目をあわさず指差した。
その方角は、サテライトの中で唯一、自然が残っている場所。少し驚いた顔で遊星は再び尋ねる。
「本当にそこに行ったのか?」
「セキュリティのDホイールだろう?見間違えるはずないって」
尚もカードを見続けている男に「すまない」と一言言うと、紅のDホイールに跨った。
何十本かの木々に覆われた、公園のような広さの場所に到着する。その場に唯一立っている木造立ての一軒の家。その近くにDホイールを止めると、側にセキュリティのDホイールを見つける。
「・・・・」
黙って近付くと、破損しているDホイールには血のような跡が、あちこち付着している。
「龍亞・・・!」
想像したくもない考えが、頭の中を横切った。急いで家に入ると小奇麗にしてある薄暗い廊下を土足で走る。
「うわあああっ!!」
「龍亞??!」
階段の手前まで来ると、龍亜の悲痛な声がすぐ隣の部屋から聞こえてきた。扉のノブに手をかけ、勢いよく開いた。
「龍亞っ!!」
ガンッ!!
扉を開くと同時に、遊星の額に何かが飛んでくる。何が起きたか解らない彼は額を押えながら部屋にいた人物を見る
「煩いねえ!そんなに騒がなくったって、ちゃんと聞こえてるよ!!」
「ま・・・マーサ!」
マーサと呼ばれる黒髪の中年の女性は、腰に手を当てながら呆れた声で遊星に言う。その隣にあるベッドには龍亞が、遊星の赤いヘルメットを抱きしめながら涙目で腰掛けていた。
「・・・!あ、遊星っ!!」
「龍亞・・・無事だったか!」
駆け寄ると龍亞は涙で顔をグシャグシャにしながら「無事で良かったぁ〜」と泣いた。無事そうな龍亞をみて、遊星は胸を撫で下ろした。龍亞は膝と頬を擦り剥いているだけで、これといった怪我をしていなかった。
「ったくもう、遊星!せっかく廊下を皆で綺麗にしたっていうのに、泥付いたまま上がってきただろう?ちゃんと掃除するんだよ!」
「あ・・・ああ、すまない」
「本当にあんたは仲間の事で慌てると、何時も周りが見えなくなるんだから」
怒りながら、でも何処か少し嬉しそうな態度で、ピンセットで消毒液を浸した脱脂綿を摘んだ。
「へぇ〜、遊星って小さい頃はそんな事があったんだ」
悪戯っぽく笑いながら、少し困ったような顔をしている遊星を横目で見る龍亞。「さあ、今度は動くんじゃないよ」とマーサは膝の傷口に先ほどの脱脂綿を付けた。
「うわああっ!!」
先ほどと同じ悲鳴を上げる龍亞。無意識に逃げようとする彼の細い片足を、マーサの少し太めで、しっかりした手が逃げないようにと掴んだ。
「こぉら!男の子でしょうが!こんな怪我で逃げるんじゃないよ!」
傷口を消毒される度、龍亞は歯を食いしばりながら声にならない声を上げた。それを見ていた遊星は少し目を細めながら、仲間の無事を喜んだ。
―あの時、セキュリティの女が助けなかったら・・・。
「!」
遊星はハッと我に返る。あの崩壊した建物の中、龍亞を助けたセキュリティの女が一人いたはず。
「マーサ、確か龍亜と一緒にセキュリティの人間がいたはずだが・・・?」
「・・・ああ、あの子かい」
フと、消毒する手をやめると、困った顔をして遊星を見た。
「二階の別室にいるよ、だけどね・・・」
言うとそのまま言葉を詰まらせ、再び消毒の手を動かす。何かを言おうとした龍亞は、再び始まった消毒のせいで、声にならない声をあげた。
木造で作られたこの家は、かれこれ何十年と立っているせいか、壁のあちこちにヒビが入っていたり、歩くたびに廊下がミシミシと音がする。それでもサテライトにいる孤児達にとっては、この場所はなくてはならない場所だった。
階段を登って一番奥にある小さな部屋。他の子供達の部屋に比べて日が当たらない場所だった。元は物置として使っていた場所は、昔、遊星は仲間達と良く隠れていたり、拾ったジャンク品を組み合わせて色々なものを作ったりしていた、思い出の場所でもあった。
「・・・」
中で人が動く気配を感じる。微かに聞こえる声が震えているような感じをした遊星は、扉を開く手を止めた。ギシ、と足元で音がして、震えた声が部屋の中から聞こえてきた。
「・・・誰?」
その声に遊星は不思議な感覚を覚えた。確かに声はあの女の声で間違いないのだが、彼女の声とは違う、温かみのある声。
―夢の中で見たあの声と同じ・・・。
ハッと我に返り、頭を左右に振る。こんな事を女々しく思っているのは、一体自分の中で何か引っかかっているんだ、と心の中で思いながら、強く拳を握り締めた。
「・・・オレだ、サテライトの・・・」
声と同時に部屋の中の雰囲気が変わった。重く冷たいものに変貌していくのが解る。
「・・・誰かと思えば、あの時のクズ野郎か!」
幼い頃、シティで腹部を蹴られた時のことを思い出すような、重い声が聞こえてきた。同時に扉がガタン、と音を当てて開かれ、中から血のにじんだ包帯を巻いた腕が、遊星の腕をきつく掴んだ。
「なっ!」
「貴様、あの時死んでいなかったのか?!あの崩壊で−おのれっ!!」
開け放たれた扉からは、薬と血の臭いが鼻に衝いた、中から出てきたのは、もつれた髪の毛を肩まで短くし、上半身裸で痛々しいくらいに身体に包帯を巻き、凶器のような鋭い視線は遊星を突き刺す。
血で汚れた爪が遊星の茶色の手袋にギリギリ食い込んでいく。セキュリティの人間は女性でも訓練をしているが、ここまで怪力なのか、と思うくらいの強さだった。
掴んでいない反対の腕は、驚きと怪我をしている相手に抵抗出来ずにいる遊星の喉を掴もうとしていた。
「何をしてるんだい?!遊星、カノン!」
物音を聞きつけ走ってきたマーサが来なかったら、どうなっていたのか解らなかった。間に割って入ったマーサは、息を切らしながらも睨みつけているカノンを落ち着かせようとしがみ付く。追いかけてきた龍亜は心配そうに遊星の足元にしがみ付いた。
「ちょっとあんた、この子にないか恨みでもあるのかい!?たとえあったとしても、そんな傷で暴れたら、傷口が開くよ!」
「それに・・・」マーサが何か付け加えようとするが、カノンは怯えて遊星にしがみ付いている龍亜を見て、「フン!」と鼻で笑うと、しがみ付いていたマーサを解き、暗い部屋へと戻ろうとした。
「この女には借りがある、ここでは大目に見てやる」
人を見下すような態度と表情で、カノンはそのまま遊星を見ると部屋へと戻り、勢い良く扉を閉めた。一瞬、彼女が何かに耐えるような顔をしているのに遊星は気付いたが、怪我が酷いのだろう、とその時は彼は気に留めることはしなかった。
「この子をここに連れてきた時、彼女もかなりの大怪我だったんだ」
マーサは心配そうに扉に手を置きながら言った。
「直ぐに手当てをしようとしたんだけれど、「サテライトの手は借りない」って言って叫んでね・・・でも、その後直ぐに出血が酷くて気を失ったんだよ」
ため息をつくと、扉を軽く叩いて「後で薬を持ってくるから」と彼女に声をかけたマーサは、にっこりと優しく二人に笑いかけた。
「とにかく、まずはお腹でもすいただろう?もうすぐ他の子達が買い物から帰ってくるから、それでも食べて元気をだしな」
少し戸惑っている龍亜の頭に、ポンと手を置く遊星。
「ああ、そうだ」とマーサは階段の踊り場付近に置いてあったモップとバケツをキョトンとしている遊星に手渡した。
「買出し部隊が帰ってくる前に、入り口を綺麗にしておかないとね」
11.休息《Episode-10》