11.休息Episode-10

 

白衣の男が、息を切らし、周りの研究員達にぶつかりながら廊下を早歩きで歩いている。。冷静な態度を示して入るが、今の彼は怒りで頭の中がグシャグシャしていた。階段を駆け上り、正面にある会議室のような場所へと来ると、ドアを壊さんばかりの勢いで入っていくと声を荒げ叫んだ。

「どういう事なんですか?!あの研究を続けるだなんて!」

声と同時に、お茶を運んできた女性が、驚いて小さな悲鳴を上げた。同時に持っていたお盆から湯飲み茶碗がパリン、と音を立てて彼の足元で割れた。

「仕方が無いのですよ」

座っている男達は日の光を背に浴びているため、顔を見ることは出来ない。

「セキュリティだけでなく、シティの政治家達がこの研究を期待しているのですよ?その期待を裏切る事になっても構わないのですか?」

「このまま研究を続けていたらどうなるのか、あなた方なら理解しているはず?!研究所の人間だけではなく、下手をすれば、巨大な被害を(こうむ)ことになるかもしれない!責任者として私は・・・。」

「その事についてなんだが・・・」

目の前に座っている、色黒の長身の男が、ゆっくりと近付いてくる。警戒しながらも息を整えようとする彼に、男は肩をぽん、と叩き、静かな口調で話しかけた。

「貴方には、今回の研究から手を引いてもらうことにいたしました・・・。これはセキュリティ、いや、シティの議会で決まりましてね・・・」

「・・・な?」「先ほども申しましたが、政治家達の支持を大いに受けているこの研究を、途中放棄なんて出来るはずがないのですよ?これもシティの未来の為なのです・・・」

近付いてきた男の顔が少しずつ見えてきた。少し色黒の短髪の男が、不気味な笑みを浮かべて笑いかけてくる。

「ご安心ください、貴方と私の立場が逆になるだけで、私がしっかりと貴方のあとを受け継ぎますから・・・」

優しさの中に別の感情が入り込んでいるのが感じられた。色黒の男は湯飲みの破片を踏みつけると、そのまま外へと出て行く。拳を握り締めている男に、もう一人の男が席を立って正面に立った。下を向いて怒りに震えている彼に、正面の男の声は耳に入ってこない。粉々になった陶器をじっと見つめている。

「それに貴方も、息子さんが産まれたばかりでしょう?奥さんも病気になってしまっている事ですし、暫くは休暇をとって、家族団欒を楽しんでは?不動博士・・・」

 

異様なまでの身体の熱さにハッと目を覚ます。勢い良く上半身を起こす彼に、陽の光が薄い灰色の色をしたカーテンの隙間から、顔を照らしている。

「・・・さっきのは・・・」

またか・・・そう思って少し汗ばんでいる額に手を置く。少し火照った身体から発せられた汗が妙に冷たく感じる。立ち上がり、枕元に置いてあったデッキの中から、スターダストのカードを取り出し、それを静かに見つめた。

 

「ほら、行くよっ!」

鉛色の空は今にも雨を降らせそうな重々しい色をしていた。木々に囲まれたハウスの前の広場で、薄汚いゴムのボールがポン、と音を立てて空中に舞う。そのボールを取ろうと、緑の髪の少年が必死になって追いかけている。ポコ、と凹んだ音をしてボールが彼の頭に当たると、2,3人の子供達がわっと声を上げて笑う。

「くそっ!もう一回!!」

あちこち絆創膏を貼りながらも元気に走り回っている姿を見てホッとする。それを横目で見ながら遊星はDホイールを修理している。慣れた手つきで前輪を外すと、座席付近に取り付けてあったケースから工具を取り出す。カチャカチャと音を立て、借り止めしてあったジャンク品を別のものと取り替える。

「フォーチュンカップか」

カノンが入り口に立って言った。遊星と会った後で暴れたのか、包帯で巻かれた腕や足から、微かに血が染みている。

「まさか貴様みたいなクズが、あんな崇高な戦いに出場するなんてな・・・一体どんな手を使った?」

遊星はチラ、と彼女を見るが、直ぐにDホイールに視線を戻す。カノンは鼻で笑うと、彼に近付く。それに気にせず作業を続けている遊星の後ろから、傷だらけの腕がゆっくりと伸びる。

血の気が薄くなっている指が彼の首に絡みついたとき、遊星は眉に皺を寄せた。

「怪我なんかしていなかったら・・・この手でお前を捕まえる事が出来るのに・・・」

グッと指先に力が入る、同時にDホイールの調整をしていた遊星の手は動きをやめる。

「・・・あんたのDホイールも後で修理しておく、それでセキュリティに帰るんだ」

「サテライトのクズ如きに、セキュリティのDホイールが直せるのか?」

「・・・あそこの子供達が、手伝ってくれた・・・直せるだけのジャンクは揃っている」

カノンは視線を子供達に向ける。泥だらけになりながらもボールを放り投げている。

「あんな小さな子供にも手伝わせたのか?」

声が少し怒りを含んだ。同時に首に食い込む指の力が強くなる。振り向く事が出来ない中、それでも遊星は言葉を続けた。

「・・・ここでは、誰もが協力し合って一生懸命に生きている・・・あんたが言うクズは、ここにはいない!」

少し苦しそうな声で、それでもハッキリと強い口調で答える。フンと鼻を鳴らし、カノンは遊星の首から指を離した。軽く咳き込むと、それに気付いたのか、龍亞が走りよ寄って来た。

「どうしたの遊星?」

「・・・いや、なんでもない」

喉を摩りながら、立ち上がるとDホイールの調整を再開した。それを見ていた他の子供達も、ワッと集まってきた。

「ねぇねぇ遊星、今度試合に出るんでしょ?Dホイールの調子はどうなの?」

「今、調整中だが、皆が集めてくれたジャンク品のお陰で、早く走れることが出来そうだ」

そう言いながら笑いかけると、子供達の顔に笑顔が浮かんだ。

「本当に?!」

「頑張って集めたもんね」

「ねぇ、調整終わったら、Dホイールに乗せて?」

龍亞より小さな子供が目を輝かせながら言うと、遊星はその子供の頭に、そっと手を乗せる。

「ああ、約束する」

子供達から歓声が沸きあがる。

「ほら、あんまり邪魔したら駄目だぜ!またあっちで遊ぼうな!」

自分より小さな子に、アニキ分になったような口調で、龍亞が子供達を促す。ボールを持って走り去る子供を見ていると、フと、カノンに視線を送る。

入り口付近で立っていた時とは違う、見たことのない優しい表情。

ここに来て、彼女がいた部屋から聞こえた声にも、同じ感覚を覚えたが、何故?

ジッとカノンの表情を見ていた遊星。しかしそれに気付いたカノンは我に返り、再び鼻で笑うとハウスの中へと戻っていった。

12.帰路Episode-11