12.帰路《《Episode-11》Episode-10》
灰色の雲が昼の光を遮った。頭上で飛行機が通過したように一気に足元の光が一定方向に向かって消えて、辺りを薄暗くする。
耳を劈く低いエンジン音がハウスの庭から聞こえてくる。その音を聞きつけて、Dホイールと同じ赤い色をしたヘルメットを大切そうに抱えながら龍亞が走りよってきた。
「やっと直ったんだ、さすが遊星だね!」
木の枝に掛けてあった上着を着る遊星に、はい、と抱えていたヘルメットを渡す。
「これで帰ることが出来るね」龍亞の後ろからマーサが安心した顔で、他の子供達と集まってきた。
「ありがとうマーサ、オレはまたシティへ戻る」
「解ってるよ、あんたはあんたのやるべき事をやるんだよ!」
ポン、と遊星の肩を叩くと、渡されたヘルメットをそのまま龍亞の頭に被せた。「龍亞だけズルイな!」と子供達が龍亜の近くに寄ってくる中、手に腰を当てて「カッコイイだろ!」と胸を張る龍亞をよそ目に、マーサは隣に置いてある白いセキュリティのDホイールに目をやる。
「これも直したのかい?」
「彼女は龍亞を助けた、オレはその礼を返したまでだ」
相手が誰であろうと見捨てる事は出来ない、そう遊星は答えると入り口に立っていたカノンの方に歩み寄った。カノンの怪我は酷く、服で隠れていない顔以外の部分の殆どは包帯で巻かれたままではあるものの、態度は変わらなかった。そんなカノンに遊星は近付く。
「オレはシティに戻る、お前も同じだろう?」
カノンは黙ったまま白のDホイールに跨ると、元通りになっているか確かめるかのようにエンジンをふかす。直っている事を知ると、今度は液晶画面に触れ、内部データを確かめる。わぁ、と子供達が一斉にに彼女の周りに集まる。
「遊星」
心配そうな顔をしたマーサが遊星に近付いて相槌を打つ。不思議そうな顔をしてその場から離れ、日陰になっているハウスの横へと場所を移動する。子供達が育てた花壇のチューリップが、赤い蕾を閉じて、眼を覚ますのを静かに待っている。
「彼女の事で、あんたに聞きたい事があってね」
「・・・今、何と・・・?」
狭霧が、その綺麗に整った目元に皺を寄せた。カップに注がれた紅茶が彼女の心を映し出すように波打つ。
「聞こえませんでしたか?あのサテライトの一部を爆発すると申したんですよ」
「しかし・・・!」
言葉が出なかった。、冷静な彼の眼の中に映る何かを感じた狭霧は、思わず頭から冷水を浴びせられたような感覚を覚えた彼女は、思わずよろめいた。
「何時かは不動君にも、真実を話す日が来ます。しかし覚醒していない今の彼に真実を話しても到底意味がない・・・」
「ですが長官、爆破だなんて・・・!あの研究所は、現在、サテライトとシティを結ぶ場所になっています!もし不動君やセキュリティの人間が戻ろうとして、あの場所を通って戻ろうとしていたなら・・・」
「心配することではありませんよ」
「え」と狭霧は側にある来客用のアイボリー色のソファの凭れに手を置き、ふら付く身体を支える。レクスは足元から天上まで続く巨大な窓ガラスの反射で見える彼女の姿を見ながら、静かに言葉を続ける。
「シグナーが死ぬなんて事はありませんよ・・・彼等はシグナーの証である痣と・・・己を守護する龍に守られている。彼等が死ぬとしたら、運命の敵との戦いに負けた時だけ」
「・・・セキュリティの・・・人間はシグナーではありません!」
「それが?」
レクスはゆっくりと振り向く。逆光により彼の表情を見ることが出来ない。銀色の髪が陽の光を浴び輝いている事しか見えない。
「ゼロ・リバース・・・たとえ誰であろうと知る者はどうなるか解っていますよね?」
優しい声の中に含まれる別の感情に、思わず言葉を飲み込む狭霧は、それ以上何も言葉を返すことが出来ず、「失礼します」と慌てるように部屋を出る。バタン、と木製のドアが閉じられるのを確認すると、レクスは再び外へ顔を向ける。
「あの時の真実・・・フォーチュンカップで全て知る事になるでしょうね・・・不動遊星」
鉛色の空の隙間から、陽の光が差し込む。ふう、とため息をつく。
「どんな犠牲を出してでも、多くの人命を救うには仕方が無い・・・あの研究の真実だけは・・・」
小さく呟く彼の声と被るように、扉をノックする音が聞こえてくる。「失礼します」と扉を少し乱暴に開けて、牛尾が敬礼して部屋の中へ入ってきた。
「長官、オレ・・・いえ私の上司があのサテライトの男を連れてくるという報告を受けましたので、今からそちらへ向かう許可を願いたく・・・」
「そうですか」
少しカチコチになりながらも話す牛尾に、やんわりとした声でレクスは答えた。
「それでは今から行って参りま・・・」
「お待ちなさい」
部屋から出て行こうとする牛尾を呼び止める。早歩きで退室しようとした牛尾は「おおっ」と声を上げると、急ブレーキを掛けてレクスの方を向く。陽の光が雲に隠れ、レクスの表情がはっきりと見て取れた。彼はにこりと優しい表情で、狭霧が持ってきたお茶に視線を送る。
「心が落ち着くといわれています、少し飲んで行かれませんか?」