8.記憶《Episode-7》
朦朧とする意識の中、遊星は再び目を覚ます。電気のついていない薄暗い部屋の天井。薬品の臭いが鼻に付く。
あの落盤から記憶がない・・・。オレは助けられたのか?
しかし助けられたにしては、どうして床に倒れこんでいる・・・?。
そう思いゆっくりと身体を起こし、窓を見上げる。窓の外は夕闇が迫っていた。弓なりの月が夜空に切れ目を入れているように輝いている。
「・・・?」
おかしい、今は満月のはず。
そう思いながら冷たい床に手をやり、立ち上がる。目の前のベッドに女性が蹲って泣いていた。長い髪の隙間から見える腕は細く点滴が刺さっており、何日も何も食べていないのを物語っていた。
あの時、夢に出てきた女性と同じ姿・・・。思わず遊星は彼女の肩に手を置こうとして驚く。
―自分の手が透けている。
驚いて一歩後ろに下がると背中が壁に当たる。物に対しては触れることが出来ても生きている物に対しては触れる事が出来ないらしい。
何が起きたのか理解出来ず、泣いている女性を透けている手から見つめていたが、その瞬間、部屋に電気がつく。真っ白い部屋に電気の光が反射し一瞬にして明るくなった。
それに驚き、女性と遊星はとっさに入り口に目をやる。3・4人の白衣を着た男達がカルテや薬品等を手に入ってくる。
「・・・あ・・・」
怯えてベッドの隅に逃げようとする彼女を取り囲み、カルテを見ながら点滴を抜くと、持っていた注射器を腕に刺す。
顔を上げた女性の顔は、少し痩せ細り青白くなっているが、美しい顔立ちをしていた。
再び点滴を刺されると同時に彼女の顔は絶望的な顔へと変化していった。
「やはり点滴だけでなく、何か口に入れた方が母体共々良いんですが・・・」
「しかし彼女がそれを拒んでいるんだ」
女性は包帯が巻かれた腕を抱きしめるように蹲った。それを見ながら口々に言う白衣の男達。
「安定剤を注射しましたが、彼女の錯乱が落ち着くでしょうか?」
「だが錯乱しているということは、さすが元は研究員の一人だっただけはある、解っているのだな」
―腹の子が、自分と同じものを持って生まれるのを。
一体、何を話しているのか解らない。「ここは一体何処なんだ?」声をかけようとしたが、自分の手を見て口ごもる。白いタイルを手のひらから見つめる。ガチャ、というドアが開く音に手を見ていた目を向ける。
「・・・子供が・・・いるのか」
ベッドに近づいて、その様子を見る。再び蹲った彼女は「ごめんなさい」と同じ言葉を繰り返した。
クゥ・・・
甘えた犬のような低い声が後ろから聞こえる。振り向くと白い竜が長い首を擡げてこちらを見つめている。
「・・・お前」
どうしてここに?そう尋ねようとするが、遊星の脇の間に頭を潜らせると、甘えるように頭を摺り寄せてきた。それに答えるように遊星も頭の先端の角を撫でてやる。目を細めるドラゴンに反応するように痣が赤い光を帯びて輝きだす。
―ああ、またか。
ジャックとの決闘の時に突然現れた痣、スターダストが現れると同時に光り輝いた痣に、今となっては驚くことはない。―はずだった。
「・・・どうして・・・」
顔を上げて自分の腕を見る女性。包帯が巻かれているはずの腕から見える光は、自分と同じ痣の光そのものだった。
「この子に・・・同じものがあるなんて信じたくない・・・」
「一応言っておくけど、オレは保護者じゃねぇからな?」
暗かった空に薄く日の光が、セキュリティのビルのガラスを反射させている。夜通し警備をしてたセキュリティの人間が自動ドアの前で立っている。その自動ドアを通りながら雑賀がぶっきらぼうに言う。
疲れて眠ってしまった龍可を背負いながら氷室は「すまねぇ」と言った。
「でもよ、雑賀ちゃんがいてくれなかったら、ワシ達ずっとこの中だったかもしれなかったからなぁ」
白髪の頭を右手でかきながら、柳が困った顔をして言った。あの後セキュリティに到着した彼らは取り調べを受けた後、身の引き取り人として雑賀を呼んだのだ。
「それより、お前たちがいた場所はサテライトの中でも最も危ない場所だったんだぞ、どうしてそこに?」
「実は・・兄ちゃんがセキュリティの人に追いかけられて、そこから抜け出せれなくなっちゃったんだ」
おまけに龍亞ちゃんも・・・柳がそう言った時、利いていた雑賀の顔が険しくなった。
「あそこは昔、[ゼロ・リバース]の頃の研究施設があった場所だぞ?」
「何?」
歩いていた足を止める氷室、[ゼロ・リバース]という言葉に反応して、巡回していた警備員がこちらを振り向く。それに気付いた雑賀は「話はこの場所を離れてからだ」と小声で伝える。
大理石で出来たセキュリティの門を抜ける。雑賀経ちは路上に置いてあった彼のアイボリー色の軽自動車に乗り込む。辺りは大分明るくなり、ビルとビルの間から日の光が漏れていた。
「オレも詳しくは解らないが、その場所は昔、「竜の痣」について研究していたそうだ」
「竜の痣?」
氷室が眠った龍可を座席に座らせながら問いかけると、柳が後ろの座席から身を乗り出す。
「なんでまた、そんなものを?」
「よく解らないが、その痣を持っている奴をセキュリティの奴らは探していたそうだが、その
痣を持っている可能性がある奴らを集めた場所らしい」
要するに収容所みたいなもんだ。そう言いながら雑賀はエンジンを機動させると車を発進させた。
水平線から日が昇る。荒廃した町と発展していく町を同時に照らしていた。