7.崩壊《Episode-6》
「キングお下がりください、この男の始末は私がさせていただきます」
後ろでその様子を見ていたジャックの制止を聞くまでもなく、燐とした声の主はジャンク品をばら撒きながら遊星の元へ突進した。
ドガッ!!
彼女のDホイールの前輪が遊星に当たる瞬間、彼は横に大きく飛んで攻撃をかわした。
肩膝をついて振り返るが、瞬間、またカノンのDホイールはエンジンを大きく吹かし、周りを振動させながら突進していく。破片とジャンク品の散らばる部屋で、カノンは器用にDホイールを操作させ、ターゲットを狙っていた。
「待て!何故決闘で勝負をつけない?!」
様子を見ていたジャックが叫んだ。しかしカノンはそれを聴こうとしない。
「あの人、遊星を捕まえる事だけしか頭にないんだ」
ヘルメットを抱えて龍亜が叫んだ。しかしその瞬間、壁に亀裂が走ったのを蒼い瞳が捉えた。
[まさか・・・]
ここは何年も使われていない場所。このような場所で衝撃を与え続けていたら・・・。
「やめろ!これ以上は・・・」
「五月蝿い!!」
遊星の叫び声と共にカノンは突進を始める。しかし遊星は彼女の攻撃を避けながら先ほどとは違った表情に気付いた。
見下した表情ではなく、何か焦っているような雰囲気。
まるでこの場所に留まりたくないといった感じが・・・。
「遊星!!」
肩膝を突いたままの遊星は、龍亞の声で我に返った。ハッと上を向くとカノンのDホイールが月の光を浴びて、獣のような音を立てこちらに襲い掛かってくるのが見えた。
龍亞が「やめろ!」と叫んで遊星にしがみ付くのと、カノンの行動が同時だった。
「龍亞!?」
「なっ・・・!」
瞬間、彼女はバランスを崩し、遊星たちのすぐ横のヒビの入った壁にDホイールが激突した。元々この場所自体が、風雨にさらされ脆くなっていたのだろう。その衝撃だけで周りの物が音を立てて崩れる。
「遊星!!」
ジャックの声が耳に届くも、崩れてきた天井の瓦礫で姿が見えなくなる。轟音と砂煙で周りが見えなくなる。ガラスの割れる音が響き、怯えた龍亞がその場にしゃがみこむ。
「うわあっ!」
「龍亞、早くこっちへ・・・!」
ブオオオオッ!
エンジン音が響いたと思うと、砂煙の中からカノンの手が現れ、龍亞の服を掴んだ。
「龍亞!」
「遊星!!」
追いかけようと走るが、カノンのDホイールは再び煙の中へと轟音を発しながら消えてしまった。
鈍い金属の音を響かせ、目の前に赤錆の付いた鉄の柱が目の前に落下する。同時に耳を刺す音が響き、周りの景色が見えなくなる。
「龍亞!遊星!!」
「ここも危ない、引くぞ!」
兄達の名前を悲痛な声で叫ぶ龍可だが、氷室達に腕を引かれ、その場を後にする。
去った瞬間、穴から轟音と砂煙が立ち上り、先ほどまでいた場所が音を立てて崩れ落ちる。唖然としながらそれを見ているが、自分達が建っているアスファルトに亀裂が走った。
「ヤバイぞ、逃げろ!」
氷室は龍可を抱きかかえて柳の手を引きながら走る。後ろから亀裂が追いかけ、地面がへこんでいく。亀裂はそのまま走っている彼らのスピードを追い越し、氷室は思わず脚を取られ地面に倒れこむ。
「うおっ!!」
抱えていた龍可を庇って、柳の腕ごと地面に叩きつける状態になってしまった。怯えた龍可は目をぎゅっと閉じていたが、辺りが静かになったのを気付くと恐る恐る目を開けた。
亀裂と陥没は、ちょうど氷室の足元でとまっていた。
「・・・ワシら・・・無事・・・だったんかい?」
歯をカタカタ鳴らしながら後ろを振り向く柳の声に、氷室も上半身を起こす。陥没を見て龍可が思わず氷室の巨体にしがみ付く。
「龍亞・・・遊星・・・」
龍可が呟いたと同時に彼らにライトの光が当てられた。ハッとして前を向くと数台のセキュリティの車の前に銀髪の男が、ライトの逆光を受け立っている。
「一般人が入り込む場所ではありませんよ?危ないですから、こちらへ」
紳士的な態度で三人を迎えた男、レクス・ゴドウィン。
指を鳴らすと後ろに控えていたセキュリティの男が2・3人、倒れていた柳を起き上がらせ車に運ぶ。氷室は穴の中に落ちた兄達を心配している龍可を抱きかかえ、横目でレクスを見る。にこやかな表情の彼は何かを隠しているのは事実だった。
しかし今は逆らわない方が良い−。そう考えた氷室は車に乗り込む。同時に車はシティに向けて走り出す。それを後ろで感じながらレクスはジッと、穴から立ち込める煙を見ていた。彼の後ろで不気味な笑いをしながら、イェーガーが近づく。
「これで良かったのですか?侵入者を建物ごと排除する為に仕込んだ仕掛けを、使いましたが・・・」
「サテライトの男、そしてキングがこの程度の仕掛けで死ぬ訳はありませんよ」
空を見上げる。月が傾いてきている。あと数時間もすれば日が昇るだろう。
「一人、セキュリティの人間が入りましたが、それも手を打っておきましょう」
車に乗り込もうとして、ふと足元を見る。先の地割れで巣を破壊されたのか、蜘蛛が足元に近付いて来る。
何かを訴えるようにレクスの靴に近付いてくるが、彼はそれを見つめると、表情を変えずにそれを踏み潰した。
「・・・美しい光景ですね」
顔を上げて再び穴を見つめた。ライトの光を反射して砂が宝石のように光を発している。目を細めてその様子を暫く見つめていたが、暫くして車に乗り込んだ。
廃墟の町が再びその静寂を取り戻す。原型をなくした小さな死骸が、砂埃にまみれ姿を消した。
意識が朦朧する。あまりの酷さに目を開けていることが困難だった。テレビのノイズのような音がずっと耳鳴りとして鳴っている。
頭の中が溶けるような感じがする・・・。酷くなる眩暈に怪我をした身体は思うように動かない。自分が何処にいるのか解らない感覚に襲われた。
「・・・貴方のせいじゃ、ないからね」
意識が無くなると同時に、女性の弱々しい声と、その直ぐ隣に、金色の瞳をした白いドラゴンの姿を目撃した。