5.決闘 《Episode-4》
重く閉ざされた扉を、音を立てて隣の部屋に入った。
小さな部屋には手術台のほかに無残に倒れた棚が、ガラス片を散らばせながら錆付いている。
歩くたびにガラスの破片を踏む音が響いた。
とにかく今はDホイールを直して、外で待っている仲間の所へ戻らなくては・・・。
あちこち散らばっているジャンク品を手にとって調べる、しかし殆どが、何処かが欠けていたり、錆付き、使い物にならない。しかし遊星はそれを大切に手に取り、念入りに調べる。
「・・・応急処置くらいは出来るな」
サテライトにいる時はこんなジャンク品でも、上手く組み合わせる事が出来れば、パソコンだって組み立てる事が出来る。
そんな事を考えていると、直せば使えるものをどうして人は直ぐに捨ててしまうのか、と、ラリーがぼやいていたのを思い出した。
クルルル・・・
スターダストが心配そうに扉の向こうから顔を覗かせていた。幾つかの部品を取り、優しく笑うとドラゴンへ視線を向けた。
「大丈夫だ、心配するな」
そう言いながら戻ろうとした、クシャ、と紙を踏みつける音を聞いた。足元を見ると一部灰になった資料のような物が瓦礫の下に挟まっている。
おもむろに、その資料を取ろうとする。だがしっかりと瓦礫に挟まっていた資料は上手く取る事が出来ず、挟まっていた部分が破れてしまう。
それを気にせず、数枚の資料に目を通す。
「−月2日
−の部分を持つ−は、−弱している為、鎮静剤を打ち、点滴を――する。
−には――がいる為、注意を払−」
所々見ることが出来ない。しかし「鎮静剤」という言葉から、ここは病院か、やはり実験をしていた場所だと特定する事が出来る。後は泥と雨のせいで何が書いてあるのかわからない。
と、スルッと資料の間から一枚の写真が足元へと落ちる。
「?」
雨に湿り、色あせた写真を手に取る。黒髪の人物が、何かを抱きしめながら笑っているような顔・・・。
抱きしめているのは、大きさから見ると赤子であろうか。顔は見えない。
遊星の頭に、先ほどの女性の姿が映る。
―私の・・・子供・・・
側にいたスターダストが喉を鳴らして遊星に擦り寄る。金色の目が悲しい光を帯びている。
―あの時・・・確かにこの写真らしき人物と・・・
「スターダスト・・・お前がいた」
ドラゴンが突然、頭を持ち上げた。鼻に皺を寄せ、唇から白い牙を覗かせながら唸り声を上げる。
グルルル・・・
遊星の頭上で、白いDホイールが月の光を浴びて、彼らがいる穴の中へと姿を現した。
着地すると同時に振動で回りの棚が揺れ、ジャンク品があちこちに散らばる。唸るドラゴンの前に立つ遊星は、それが誰なのかはもう解っていた。
―ジャック・アトラス。
堂々とした態度で姿を現したジャックは、ヘルメットを取ると、黙って遊星の前に立つ。
「・・・サテライトにいた時と同じ臭いがするな・・・」
言いながら空を見上げる。遊星は黙ったままそれを見ている。ドラゴンは主の後ろに身を隠すように、その凛々しい姿を二人の前から、白い光の残像を残し、消えた。
「・・・ソリットヴィジョンではないのか・・・」
その言葉と同時に遊星は自分の腕の痣が消えているのに気付く。一体、さっきのは何だったんだ?確かにスターダストに触れた感触はあった。表情を一つも変えず尋ねたジャックに遊星は問いかけた。
「どうしてここに来た?」
無表情の彼の顔に、微かな緊張感が走った。月の色と同じ金色の髪を掻き揚げるジャックの姿は、堂々としている。自分のように迷ったりしていない眼差しは、遊星を捕らえると、見下したように、さらりと言った。
「今誰もいないこの場所で、正々堂々オレと戦え遊星」
「お前たちは残っていた方が良いんだぞ?」
「オレ達だって遊星が心配なんだ!」
大丈夫だって!得意げな顔の龍亞にたいして、彼の明るい顔に、半ば呆れるような声を出した氷室達。薄暗いビルの壁に張り付きながら、遊星が落ちた場所へ向かっていた。反対側のさび付いた鉄格子には「立入禁止」とかかれた看板が立てかけられている。
器用にセキュリティの目を盗んで先へ進んではいるものの、セキュリティは侵入者を探している。看板に反射した光に思わず氷室は目を閉じた。
「でも本当に大丈夫なのかなぁ・・・兄ちゃんは心配だけど、見つかったら龍可ちゃん達も危ないだろう?」
「大丈夫だって!隠れるのには慣れてるからさ!」
いつも龍可のおやつ盗み食いした時とかにさ。龍亞は小声で怯えている柳に言った。光が消えるとそのまま奥へと進む。
オオオオオ・・・
声がした。また悲しい声が−
「大丈夫か?龍可ちゃん?」
氷室の服の裾を掴んで龍可が震えていた。心配した龍亜は龍可の肩を掴むが、妹の顔は青くなっていた。
「凄く悲しい声・・・ここで戦うなって・・・泣いてる」