16.思い 《LastEpisode》
人が死ぬのを見るのはなれていた。
厳しい寒さと餓え、そして生きるための殺し合い。サテライトではごく普通の景色だった。
助けても助けても、手の施しようがなく、直ぐに消え行く命。
悔しくて眠れない日々も少なくない。
それが人でも動物でも。
それを見るのは慣れていた。何時もの光景だった。
冷たくなっていく手を温めようと、ずっと握り締めている手が震える。
血の気を失った顔は、息をするのもやっとだった。彼女に被せている自分の上着は血を吸い取り、紅く染め上げていく。
「まだなのか?!」
「畜生!どうして今日に限ってこんなに道が混んでるんだよ!?」
苛立ちを隠せない遊星だったが、それは牛尾も同じ事だった。クラクションを鳴らし、サイレンを鳴らしているというのに、道という道は全て車で塞がれていた。
セキュリティの車に気付いた一般車は、何とかして車体を避けようとするが、通るスペースが余りに小さすぎて走る事が出来ない。
「おい!何でこんなに混んでやがるんだよ!?」
耐え切れなくなった牛尾が窓から叫ぶ。それに気付いた前方の車が彼に向かって叫んだ。
「爆破事故があったんだ!だからだよ!」
「おい、爆破事故なんて聞いてないぞ!?」そう言いながら助手席の部下に無線を使うように促す。
「駄目です牛尾さん、さっきの衝撃で無線が使えま・・・」
「なら携帯を使って救急車を呼べ!!」
怒りをさらけ出す牛尾に驚き、慌てて懐から携帯を取り出す。一部始終を見ていた遊星は、カノンの頭を自分の膝に乗せながら眼を閉じているカノンを見つめる。
「何も・・・出来ないのか・・・」
歯を食いしばる遊星。うっ、とカノンの身体が跳ねる。
「しっかりしろ、カノン!」
手を握り締める。血の気が失われていく。
ひく、と彼女の口が動く。何かを伝えるように、ゆっくりと動き出す。
「・・・?何だ」
未だイラつく牛尾達を尻目に、カノンの口に耳を近づける。
「もう諦めろ・・・無・・・理だ・・・」
「諦めるな!!」
叫ぶ遊星の声に牛尾や部下も驚き振り返る。
「この傷だ・・・どうせ・・・助からない・・・」
「オレはお前を死なせない!死なせたく・・・ない!」
ハッとして牛尾は遊星を見据えた。青い瞳がうっすら水気を帯びている。あのサテライトの男が・・・まさか・・・。
「子を殺した・・・女なん・・・ぞ、生きて・・・る価値は・・・ない・・ぞ」
「それでも、お前は子供を・・・レインを愛していたんだろう?」
驚いたような眼をするカノン。脱出の時に呟いた息子の名前を呼んだ事を覚えていなかったようだ。
「レインもお前に、生きていて欲しいと思っているはずだ!」
「・・・あの子の気持ちが・・どうして・・・貴様に解る?!」
カノンの手を握る手が強くなる。
龍の痣を探す為に、病弱ながらも実験を繰り返され、消えていった小さな手。
悲しみをいくら消そうと、セキュリティの人間になり、過去を消そうとしても「母」としての自分を消す事は出来ない。
それは悪夢となってカノンの前に姿を現し、それを振り払う為にシティの「腫瘍」を探し追い詰め、消し去っていた。
孕ませてた男に対しての怒りよりも、彼女の心に残ったのは、「母」としての子への懺悔。
腹の傷が癒えないのは、守れなかった自分への戒め。
「オレが・・あんたの子なら・・・そう思っている・・」
吐き出された言葉と同時に、ポタリ、とカノンの顔に雫が垂れる。
「・・・のか?」
掠れた声でカノンが言う。顔を上げ優しげな表情のカノンはさらに続ける。
「お母さん・・・生きて・・・いいの?・・・レイン」
カノンの首に顔を埋める。
思い出したくなかった、両親の姿、そして声。
何度も頭の中から離れないその声に、何度も耳を切り落としたくなった時があった。
握り締めた手から伝わる、忘れたはずの温もりは、遥か過去に捨てたあの時の記憶を呼び覚ます。
自分が許せぬと感じていた、怒りという名の氷の固まりが解け、水となって蒼い瞳から流れ落ちる。
「生きてくれ・・・」
―母さん・・・
救急車のサイレンの音が近付いてくる。
「火薬の量が少し少なすぎたみたいでしょうか・・・」
机の上に乗せられた書類を眼に通しながら、レクスは呟くように窓際まで歩いた。
「ご心配には及びませんよ。あれくらいの火薬の量でも、立派に役目を果たしてくれました」
ヒヒヒ、と奇妙な笑いを発しながら、入り口付近で側近のイェーガーは答える。
―あの秘密を知った者は、たとえセキュリティの者であろうと消さなくてはならない。
振り向きながらレクスは再び机の書類に眼を通す。
「18年前、シグナーの痣を持つものを極秘で調査した、しかし痣が浮かび上がったものはなく、逆に実験に耐える事が出来ず、何人もの命が犠牲になった・・・」
いやはや、何とも悲しい事でしょうか、とイェーガーはわざとらしく悲しげな表情をしてみせる。そんな彼の行動は眼中にないとでも言うように、レクスは言う。
「さて、あの女性はどうなりましたか?」
「ご安心を」とイェーガーは会釈する。「救急隊に助けられたとしても、サテライトの一部に仕掛けた爆発で大怪我を負っている・・・それに無人ビルの爆破で道路が塞がれ・・・これで助かる事は出来ないでしょう」
―本人が生きたいとでも強く思わない限りは。
「そうですか」
レクスはそう言うと椅子に腰掛ける。特注品で出来た椅子は彼の体重を羽毛で包むかのように、その身体を受け入れる。
「さて、メールでセキュリティ本部から今回の爆破についてのコメントをしてくれ、と来ていますね」
ふう、とため息をつくとレクスは眼を閉じる。
「では車の手配を」
畏まり、静かに部屋を出るイェーガーを見送る。と、扉が閉まると同時にレクスは何かに気付いたように「あぁ」と呟いた。
「・・・先ほどの紅茶・・・また持ってくるように頼めばよかったですね」
呟いた視線の先には、サイレンの音が響く夕暮れの空だった。
Epilogue―星屑竜