Epilogue―星屑竜
「遊星」
白いコートを夜風になびかせ、ビルの上からサテライトを見つめている遊星にジャックは声をかける。
彼がシティに戻ってから数時間が経過していた。
遊星はカノンが車内で気を失うと同時に、意識を手放していたそうだ。
その後、病室で手当てをされている最中に目を覚ました遊星は、後を追いかけてきた雑賀によって運ばれたDホイールに乗ってこのビルに辿り着いた。
意識を無くした遊星を心配し、龍亞と龍可は疲れて眠ってしまうまで側にいたのだ。
龍亞から話を聞いた龍可は、眠ってしまうまでずっと、母親から貰ったペンダントを握り締めていたそうだ。
カノンは亡くなった。表向きでは。
爆発の疑問を持った牛尾が、レクスには極秘で別の病棟へ移したのだ。
勿論、彼は「首・・・覚悟だな」と泣きながら手伝った部下に呟いたそうだ。
今でも彼女は入院はしており、昔に付いた下腹部の傷のせいで余命も短いものの、それでも彼女は「生きる意志」を持ったそうだ。
―消えてしまった我が子の分まで
「世話になったな」
それが目を覚ました時に牛尾達に言った、彼女の言葉だったそうだ。
この場所に来るまで、遊星は何も考えず、身体だけが動いているような感覚を覚えた。しかしそれ以前に真っ白で何も無かった「何か」の中に、幼い時に探していた何かが充たされている感覚を感じていた。
「オレは・・・」
腕を組んで扉の前に立っている男に、振り向きもせずに問いかけた。
「これでよかったんだろうか?」
「何をやぶからぼうに」とジャックは言いながら彼に歩み寄ってくる。
「女々しい事を、親の温もりが恋しくなったのか?」
「違う」と間髪入れずに遊星は答えた。
「自分の[子供]だからと言って、どうしてオレをこの世に誕生させたんだ?オレはあの人達の事を何も覚えていない・・・。シティに入り込んだ時、オレは自分を産んだあの人を恨んだ事があった・・・、こんな思いをするくらいなら・・・オレは・・・」
言葉を止め、静かに夜空を見上げる。キラキラと白銀に輝く無数の星屑。同時にあの時姿を現した「彼」を思いだす。
「どうしてオレなんかを・・・」
柵に凭れ、静かな口調で答えるが、それに反するようにグッと拳に力を込める。
「理由なんてないだろう?」
ジャックの答えに遊星はハッと彼の方を向く。
「お前の親はお前を「愛していた」。それが理由だ」
「・・・解らない」遊星は視線を下に向ける。
「愛情に理由は無いだろう、お前の両親はお前に生きていて欲しかった・・・たとえどんな苦境の中にいようと」
―それでも、生きていて欲しかった?
オオ・・・
頭上で声がする。ゆっくりと頭を上げると星屑と月光の光を浴びて、薄く青白く光るドラゴンが、サテライトを見つめる。
戦いで相手を引き裂くであろう鋭い鍵爪は、主を守るように、優しく触れている。
「お前も・・・なのか?」
白い首をもたげ、金色に光る瞳を細めながら、ドラゴンは主を見据えた。
―私は貴方を信じ、共に進む。
だから生きよ・・・私の・・・愛しき主
それがお前・・・「護る龍」
自分を産んだ母と同じ痣のある部分を撫でながらドラゴンを見つめる。
白い首を擡げ、ドラゴンがこちらを向く。
宝玉のように金色に光る瞳に自分の姿が映し出される。白いその首にそっと触れると、クゥ、と喉を鳴らし、頭を擦り付ける仕草をする。
フン、とジャックが鼻を鳴らす。
白いコートを夜風になびかせ、ジャックは出口へと歩いていく、振り向いてその姿を見届けると、背中を向けたままジャックは遊星に言う.
「スターダストはお前と共に戦う決意をしているんだ、そんな事で、三日後の大会出場を腑抜けた態度で出場するな」
驚いて遊星は声を漏らす。しかしそれに気付いているのかいないのか、ジャックは何も言わずその場から立ち去った。
「良いんですか、牛尾さん」
ボロボロになった車の窓から遊星のいるビルを眺めている部下が、ポツリと呟く。
「・・・今回だけはな」
チッと舌打ちして牛尾は車を発進させた。ボコボコという音を立てながら車は整備途中の道をゆっくりと進み、[道路整備中]と書かれた看板にガンとぶつかり、黒い煙を立ててその場で止まった。
ビルから降り、入り口付近に停めてあった赤いDホイールに触れる。
赤いヘルメットを装着する。夜空のような透き通った濃い蒼色の瞳から迷いは消えていた。
太陽が静かに姿を現し、Dホイールのエンジン音が低い音を立てる。その光に思わず眼を閉じるものの、ふう、と息をつくとゆっくりと瞼を上げる。
姿は消えているものの、気配を感じ、遊星は静かな口調で言う。ドラゴンの咆哮が聞こえる。
「行こう、スターダスト」
END
あとがき