15.再会《Episode-14》
「あ?地震か?」
部下からの差し入れのパンを頬張りながら、セキュリティの車に持たれる牛尾。車の中では部下らしき男が、欠伸をしながらハンドルに額をくっつける。それすら注意する気力もないのか、牛尾はそれを横目で見つめた。
「中には入らず、入り口で待っていて欲しい」それがゴドウィンの指示だった為、中に入ることが出来ない牛尾は、遊星が出てくるのをここで待つ事となってしまったのだ。
遊星達が消えた穴の開いた場所からは、砂塵が夕暮れの光を受け輝いている。
遠くからエンジン音がすると同時に、牛尾が半分閉じていた目を開く。「やっと動き出したか!」と、持っていたパンを車の窓から顔を覗かせた部下の口に押し込んだ。
薄い黄色をした一台の軽自動車。異様なまでにエンジンの音を立てる車が目の前で止まる。
扉を開けて龍可が泣きそうな顔で、唖然とした顔の牛尾の元へと走る。
「おじさん、お願い!」
お、おじさん?と驚いたような声を発する牛尾に対し、彼に向かって走りよる龍可。その表情に、流石の牛尾も言葉を詰まらせた。その後ろから、帽子を被りながら走ってくる雑賀達の姿があった。
「龍亞を早く助けないと! お願い、その場所まで連れて行って!」
「ちょ・・・遊星、いくらなんでも速過ぎない?!」
風を切る音がヘルメット越しでも聞こえる。その風で肌が切れるのではないかと不安になった龍亞は叫んだ。
しかし今の遊星には聞こえない。
背中から感じる温もりは、少しずつ冷え切っているのを感じる。
―この人に「母」を感じているのか?
・・・解らない
自問自答で答えを返す。
ドォン、と目の前で砂塵が舞う。
同時にエンジンの音を掻き消すような轟音を立て、建物の一部が崩れ出す。
右腕の痣が、腕を焼き切るような熱さを感じた。ギョッとした顔で、龍亞が遊星の腕の痣を見つめる。
「絶対に・・・死なせない!」
バッとデッキからカードを取り出す。そのままモニター前にあるディスクにセットした。
「スターダストおおっ!!」
叫び声と同時に甲高い声を上げて白銀の龍が翼を広げて現れる。
「ンな事言われてもよ、お嬢ちゃん、ここから先は立ち入り禁止なんだぜ?」
「でも本当なの!龍亞が大怪我負ってるの!だから早く助けに行かないと!!」
車に乗っていた部下にアイコンタクトを取る。めんどくさそうな表情をして車から降りてきた彼は、後ろから追いかけてきた雑賀達に「早く帰れ」と、犬を追っ払うような仕草を取る。
龍可が龍亞の身の危険を感じたのは、二人が見えない絆「双子」という存在だからかもしれない。
昔から双子には何かしら「繋がり」というものがある。片方が危険にさらされた場合、片方がその危機を感じ取る。今の龍可が恐らくそうなのであろう。
「本当だ、信じて欲しい」
体格の大きい氷室が、前に進み出るが、牛尾達の態度は以前として変わらない。
「だぁぁかぁぁらぁぁ!!一般市民は立ち入り禁止・・・」
バァン、と鉄板を殴るような音が響く。その音と同時にセキュリティの車が3M近く飛び跳ねた。
車の下からの爆発音。身を守る暇もなく、爆発した場所を見つめる。
ガシャアン!と廃ビルにぶつかり、窓ガラスの一部が破壊し、車はタイヤを下に落下。
同時にバン!という音を発して、紅いDホイールが飛び出す。
「遊星!!」
龍可を抱きしめるように守っていた雑賀が、目の前に着地した紅いホイールの乗り手に叫んだ。
「龍可!?」
「龍亞!」
ヘルメットを被っていた龍亞は、Dホイールから降りて、妹の元へと走り寄る。同時に血まみれになったカノンを抱きかかえ、遊星も雑賀の元へ走ってくる。
「遊星!そいつはどうしたんだ?!」
「説明は後だ、この人を直ぐに病院へ運んでくれ!」
今までとは違う、聞いた事の無い遊星の声。しっかりした何時もの口調の中に微かに混ざる、震えた声。
「そうだよ龍可!早くあのお姉ちゃん病院へ連れて行かないと!」
「どういう事?」龍可が言うよりも早く、牛尾がカノンを見て驚愕する。出血して息も絶え絶えの彼女を見て、遊星に問い詰める。
「おい!これはどういう事なん・・・」
「説明は後だ!早く病院へ連れて行ってくれ!!」
気迫で押された牛尾は、「う、」と一言唸ると、一歩後ろへと後退する。ガチャ、と音がして遊星は音の方に眼を向けた。雑賀が車のエンジンを掛け「乗れ!」と叫んだ。
驚く双子を余所目に、遊星は後部座席に乗り込む。
「行くぞ!」
パスン、と空気の抜けるような音がする。同時にエンジンの音が止まる。
「雑賀!」
「畜生!このポンコツ車が!」
ガン!とハンドルを殴りつける。何も応答しなくなった車に苛立ちを隠せない二人。
少しずつ冷えていく手を、手袋を外し握り締める。この状態でDホイールで運ぶのはかなり危険すぎる。
パァー!とクラクションの音がする。窓の外を見るとあちこち凹み、ガラスにヒビが入ったセキュリティの車が直ぐ側に止まる。
ヒビの入った、運転手の窓がゆっくりと開き、牛尾がふてくされた顔でこちらを向く。
「・・・お前・・・」
驚いた顔の遊星を尻目に、牛尾は親指を立て、黙ったまま後部座席を指差す。
上着を脱ぎ、カノンに被せると遊星は彼女を抱えセキュリティの車に乗り込んだ。
「遊星!」
雑賀の声が扉を閉める音と、サイレンの音にかき消される。砂煙を上げて車はその場から立ち去る。
ガシャン、とサイドミラーが赤く錆び付き折れ曲がったフェンスにぶつかり、破片を散らした。それを見ていた牛尾は、助手席で頭を抱えている部下に呟くように言う。
「・・・これでボーナスはチャラだ」