14.脱出《Episode-13》
叩かれた腕がひりひり痛んだ。
自分がやったのではないのに、その家で大切にしていた物が壊れ、自分のせいにされたのだ。
暗い物置に閉じ込められ、蹲る。
こんな事は何時もの事だったし、何も言わない。
拾われ、血が繋がっていないオレを迎えてくれたこの場所。ここがオレの居場所だったから。
それでも、心の隅ではずっと求めていた。
いつかこの扉を、父か母が開けて抱きしめてくれると・・・。
物置の扉がゆっくりと開かれる。ハッとして赤くなってしまった眼を擦った。
―来てくれたの?
「この子の親には悪いけど、こうするしか方法はないんだ」
絶望の光が、見えた。
廃墟となった街を一人歩く。
サァ、と埃が混じる砂が風に乗って顔に吹きかかった。
ジャンクの山、そして泥と埃が混じった臭いが鼻に付く。ギュ、と自分の身体を抱きしめながら、先ほどまで居た自分の街を眺めながら、何度も何度も壊れたテープのように繰り返した。
「オレ・・・生まれてきちゃ、いけなかった?」
―貴方は生まれてよかったのよ
微かに聞こえた声に暖かい何かが包み込んだ感触を覚えた。刃物で切られたような背中の痛みが、水が流れるように引いていく。
気を失った龍亞を抱きしめながら、何かが自分に覆いかぶさっているような気配に、ゆっくりと眼を開いた。
「・・・お前!」
金髪の長い髪が遊星の顔にかかる。覆いかぶさるように抱きしめながらカノンは息を切らしていた。
「・・・ったく、ろくな事をしないな、クズが・・・」
遊星の右肩に顔を埋めるように、擦れながらも強気に言うカノン。
ズル、とカノンが崩れ落ちそうになるのを受け止め、遊星は顔を青ざめた。
錆び付いたジャンクの破片が右肩に突き刺さっている。セキュリティの青緑の服が赤黒くそまり、元の色を消している。
「さっさとその子供を連れて・・・ここから逃げるんだな」
「どうしてオレを?」
「法律上、トップスの子供は何をしても守らなくてはならない・・・その子供を守るためにした事・・・お前には関係・・・ない・・・」
ゆっくり顔を上げるカノン。金色の髪は埃に塗れ、額から血を流している彼女の顔は青ざめている。
「早く行け・・・お前のDホイールは・・・まだ無事だ・・・」
「カノン!?」
上着を握る彼女の力が弱くなる。もたれかかったカノンを起こそうと肩に手をやった。身に着けている手袋に赤黒い血が付着し、寒気を感じた。
「しっかりしろ!カノ・・・」
「・・・ごめんね・・・」
ピクッと遊星の動きが止まる。
「ごめん・・・ね・・・レイン・・・駄目な・・・お母さんで・・・」
今まで罵倒していた声とは違う、カノンの声。眼を閉じながらも、震える声で呟くように言う。
自分に触れている彼女の腕が、少しだけ力強くなった。
あの時の夢と同じ感じの声・・・そして己を包み込むぬくもり。
ドクン、と心が妙な音を立てた。
―私の・・・子供・・・。
「・・・痛ってぇ・・・」
遊星の膝で丸まって気絶していた龍亞が頭を撫でながら起き上がる。「くそぉ、また頭打ったよ・・・」
龍亞が最後まで言うのと同時に、彼の身体がフワ、と浮いた。
驚きで声が出ない龍亜だったが、持ち上げたのが遊星だと知ると、直ぐに安心し尋ねる。
「どうしたの遊星?!」
膝の上に乗せられ、再びヘルメットを深くかぶされる。同時に遊星の後ろにグッタリとしているカノンに気付く。エンジンが大きく吹かされるのを聞きながら不安な表情で遊星を見つめる。
「何?・・・何が起きたの遊せ・・・」
「死なせない・・・」
エンジンが大きな音を立てると同時に、タイヤの下のジャンクがエンジンの音にかき消されながら左右に弾け飛んだ。