クロウ×遊星
小さい頃の約束
―だからオレと約束しろ
ずっと持っていたら・・・お前を・・・
未来への約束
朝の光が差し込む倉庫。
何時もは大人しい彼が今回ばかりは顔色を変えて、整頓してある棚をひっくり返していた。
「どうしたんだ遊星?」
チャームポイントであるバンダナを装着しながら、クロウはパソコンとDホイールが置いてある倉庫へ階段を降りてくる。
振り返った遊星の表情は困ったような表情をしており、眼に薄く涙の膜がはってある。
「お・・おい?どうしたんだ?」
冷静な彼からは思いもよらない表情にクロウが驚いて走り寄る。
「い・・・いや、なんでもないんだ」
そういってコンクリートの床に散らばっているジャンク品や工具を一つずつ棚に戻していく。心配したクロウが遊星の肩を掴んだ。
「なんでもないじゃないだろ?何を探してたんだよ?!」
「なんでもないっ!」
そういってクロウの手を振り解くと、遊星は黙り込んで下を向いた。
「おい、朝っぱらから何を騒いでる?」
少し不機嫌そうな顔をして、外からジャックが戻ってくる。
「おぉ、早起きじゃないか、ジャック・・・」
少し不機嫌そうな声でクロウが返事を返す。それに気付いたジャックは眉間に少し皺を寄せ、答える。
「そうだ遊星、貴様の変わりにオレが回収車にゴミを出しにいってやったぞ?だが、小さい箱の中身はちゃんと分別しておけ!」
あの業者、仕分けをしていないといちいち怒鳴りおって!と腕を組みながらジャックは話すと、バッと、立ち上がった遊星はジャックに詰め寄る。「あれを・・・どうした?」
「あそこにあるパソコンの隣のゴミ袋の中に入っていたぞ?勿論、回収車に持っていってもらったが?」
「まさか・・・!」声にならない声を発したと思うと倉庫のシャッターを開ける。上着も着ず、遊星はDホイールに跨りエンジンを作動させる。
「お、おい!何処行くんだよ!?」
「直ぐ戻る!」その声はエンジンの音にかき消された。
慌てて外へ出るクロウだが、すぐに紅いDホイールは朝靄へ姿を消した。
「・・・一体、何があったというんだ?」
「解らねぇけど・・・ジャック!」
お前、もしかして遊星の大切なモノ捨てちまったんじゃないだろうな?!そう言いながらクロウは白いコートを羽織っているジャックに詰め寄る。クロウより背の高いジャックが不思議そうな顔をしてクロウを見下げる。
「何を言っている?業者は中にゴミしか入っていなかったと言っていたぞ?」
「ゴミ?」
不思議そうな顔をしてクロウは尋ねる。腕を組みながらジャックはさらに続ける。
「ああ、かなりボロボロになったプラスチックのリングが入っていたと言っていたが?」
それを聞いたクロウは、ジャックと同じように腕を組むとを下を向く。
[プラスチックで出来た・・?リング・・・?]
思い当たらない?それに彼がそんなモノを後生大事にしていること自体も初耳だ。しかし・・・。
「ちょっと待てよ、オレそれを見たことが・・・」
何処かで・・・。
そういえば昔・・・。
ゴーン
時計屋の大時計が時を告げる音に、クロウはハッと我に返る。
「うああっ!全く思い出せねぇ!取りあえずオレは仕事行って来るから、オメーは散らかってるのを後片付けしておけ!」
「どうしてオレが?!」とジャックの怒りの声が響くものの、クロウは机の上の遊星が用意していたパンを銜えて、黒いDホイールを走らせた。
[午後の天気は一時的に酷い大雨を伴う範囲があり、お出かけの際は傘をお忘れないように・・・]
配達の途中で聞こえてくる街頭TVからの天気予報に耳を傾けながら、クロウはDホイールを走らせる。
「さて・・・と、最期の配達先は、と・・・」
配達先の住所をモニターに映し出し走らせながら、ふと空を見上げる。
「リング・・・プラスチック・・・」
雨が降り出しそうな黒雲に一瞬、眼を向けながらもDホイールを走らせる。
「こんな天気にわざわざありがとう」
ニコニコしながら若い女性が荷物を受け取りながらサインをしている。
「大丈夫っすよ、何時でも何処でも真心込めて配達しますって」
ニッと笑いながらサインをされた紙を受け取り、Dホイールに跨ろうとした時だった。
「あ、これってDホイール?本物初めて見た!」
5歳くらいの男の子が母親の靴をはきながら、バタバタと玄関から飛び出し、クロウのDホイールに近寄る。
「本物は初めてか?どうだ?かっこいいだろう?」
「うん、凄いね」
眼を輝かせながらDホイールを見つめる子供に、クロウは自分のDホイールの特性等を自慢げに話していた。
「ん?何を指に付けてんだ?」
「あぁ、これ?」
Dホイールを触っていた子供の指にある何か。思わず子供と同じ目線にしゃがみこみ尋ねる。
小さな薬指に、草で編んで出来たそれ。
「女の子に貰ったんだよ、将来ケッコンしようねって」
でも僕、ケッコンよりキングみたいな決闘者になりたいんだ。そう言いながら指に嵌っているそれを撫でる。「あら、お母さんはあの子好きよ?」親子の会話にクロウは暫くそれを眺めていた。
「プラスチックの・・・」
―これ、やるよ
だからオレと約束しろよ?
ずっと持っていたら・・・お前を・・・
鼻を衝く臭いに、思わず手の甲で塞ぎそうになった。
サテライトにいた時は、こんな臭いは慣れていたのに・・・そう思いながら暫く山のように積まれた廃棄物の山を見つめていた。
遠くから見えるサテライトと海を見つめながら、暗雲に視線を向け、再び廃棄物の山を見つめる。
港近くのこのゴミ置き場は現在、休憩中なのか、作業員の姿も見当たらない。静かに作業用の機械が置いてあるだけだ。
「降りだす前に見つけないと」
あの時、エンジンを組み立てていた時、「それ」をパソコンの近くに置いていた。だがパソコン処理をしている最中、そのままうたた寝をしてしまい、腕に当たった「それ」はゴミ箱の中に落ちてしまったらしい。さらに運悪く、「たまには手伝ってやろう」と思ったジャックが、何も知らないままゴミを回収してしまった。
「部屋に持っていけばよかったな・・・」呟くように吐き出すと、遊星はジャンク品で部品を探してた頃の慣れた手付きで「それ」を探していた。
ポツン、探していた彼の手の甲に雨の粒が当たる。それに気付くと同時に辺りの音すらかき消す程の大雨が降り注いだ。
「降って来たか・・・」また呟くと、手の甲で目元に流れる雨水を拭くと、廃棄物の山に手を入れる。
チク、と手のひらに痛みを感じ、思わず手を引く。黒く汚れた手のひらにスッと赤黒い血が滲み出す。慌てて出てきた為、上着や手袋はすべて置いてきてしまった事を後悔した。
は眉間に皺を寄せ、小さく息を漏らすも、遊星傷口を庇うこともせず、只管大雨の中を探していた。
彼にとって大切な「それ」
[プラスチックで出来た・・・?]
もう覚えていないか・・・そうだよな。
あんな昔の事なんておぼえているはずがない、そんな女々しい事しているのはオレくらいだ。
フッと小さく笑うと、立ち上がろうとして足に力を入れた。
ズル、とバランスが崩れるのを感じた。落ちる!そう思いバランスを保とうとして咄嗟に廃棄物の山に手をかけようとした。
ズキリと手のひらの傷の痛みに、一瞬顔をしかめる。と同時にそのまま身体が地面に向かって落下していく感覚を覚える。
手を伸ばして何かに掴もうとするが、痛みが彼の思考を止めた。
身体は重力に引きずられ、地面へと落下する。その真下はガラスの破片や折れた鉄パイプが、落下する獲物を待つ虫のように地面に突き刺さっている。
「クッ」
このままいけば大怪我は免れない。思わず身体を硬くし、痛みに耐えようとする。
ズン、と身体全体に衝撃が走る。思わず強く眼を閉じた。
だが彼に起きた衝撃は地面に落下した時の物とは違う衝撃だった。
「・・・?」
ゆっくりと眼を開けると背後から誰かに抱きとめられていた。冷え切った身体に温もりが伝わる。
「バカ野朗!こんな大雨の中何してんだよっ!!」
聞きなれた声が直ぐ耳元で聞こえる。
「クロ・・・ウ・・?」
自分を庇ったせいで、顔や服のあちこちに泥が付着している。むき出しになっている肌の部分からはうっすらと血がにじみ出ていた。
落下したオレを助けようと
「クロウ!!血が・・・!」
「何言ってんだ、これくらい大したことねぇって!」
思わず素手てクロウの傷に触れようとするが、ズキ、と掌の痛みに気付いて、遊星は思わず顔をしかめた。
「お、おい!!お前も怪我してんじゃねえか!オレの事心配する前に・・・!」
「オレの事はどうでもいい!!それよりクロウの方が・・・」
「オレはお前の事が心配なんだ!!」
その声に驚いた遊星をクロウは抱きしめる。冷え込んだ身体に温かさが伝わってくる。
「オレはお前を守るって決めてんだ!もしそのお前になにかあったら・・・オレは・・・!」
グッと抱きしめる力に腕に力が入る。降り注ぐ雨はにじみ出ていた血を洗い流していく。
「・・・なら約束してくれクロウ・・・オレの為に無茶なことはしないと」
「ああ、勿論だ」
言うとクロウは遊星の手首を掴むと、不思議そうな顔をしている遊星の左の薬指にポケットから取り出した「何か」をはめ込む。
「これは・・・!」
「・・・今日金が入ったからよ・・・ちょっと安いけどな・・・」
幼い頃の記憶が少しずつ蘇る。
ジャンクの山で夕日を見ていた幼い自分たち。
「空が暗くなってきたな」と下から声をかければ「星が出るから真っ暗じゃないさ」と笑って答えた遊星の顔があまりに綺麗だったのを覚えている。その時、ジャンクの山にあった綺麗な「それ」をあいつに渡した。
不思議そうな顔をしていた遊星は、照れくさそうな顔をしたクロウにニコリと笑って「ありがとう」と答えた。
それを遊星は大切に持っていたのに、オレは忘れていた・・・。
「クロウ、オレはあの時もらった大切な指輪を・・・」
「何言ってんだよ!お前が無事ならそれでいいんだ」
滝のような大雨は、何時しか霧雨となり、灰色の雲から光が差し込んできた。
「とりあえず、続きは帰ってからにしようぜ?」
ニッと笑うクロウは立ち上がろうとするが、上着の裾を遊星が掴んで離さないでいた。照れくさそうに下を向いてボソボソと何かを呟いた。「どうした?」とクロウがしゃがみ込むと、遊星はそれでも下を向いて再び呟いた。
「・・・あの時言ってくれた事をもう一度言ってくれないか?」
下を向いて恥ずかしそうな顔をしている彼を見て、一瞬クロウは驚いた表情をする。
「ば、馬鹿!あんな台詞なんて恥ずかしくって言える訳がないだろう!」
「・・・無理ならいいんだ・・・」
しゅんと肩を落としてしまった遊星を見て「う・・・!」とクロウは唸る。やっとあの時のことを思い出したのに・・・。
こほん、という咳払いに遊星は顔をあげようとする。と同時に正面から片手で抱きしめられるような形でクロウは遊星の耳に口を近づけ、照れながらもささやいた。
「あ、やっと晴れてきたね」
カップラーメンを用意しながら、窓の外を見つめていたブルーノが、にこにこしながら窓の外を見た。
曇り空は完全に消え去り、青空が広がっている。音を立ててキーボードを叩いていた遊星の手が止まり、視線を空へと向ける。「ね?」と嬉しそうに彼の方を向くブルーノは、ふと遊星の指に視線を送る。
「あれ?遊星どうしたの?その指輪?」
彼の瞳と同じ蒼色の石のはめ込まれたそれに気付いたブルーノが、不思議そうに指差す。
「ああ、これか」
指輪を見ながら照れくさそうに笑う遊星を見て、ブルーノは目を細めて笑った。
「大切な人からの贈り物なんだね」
だからオレと約束しろよ?
ずっと持っていたら・・・お前を・・・
迎えに行くからよ
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以前から書いていたクロ遊のお話。
考えていたらボロボロになってしまいました;
なくした理由を考えていたらジャックかな、と結論だったのですが、ごめんねジャックorz
とりあえずクロウは最終回でチームから離れたら遊星迎えに行くといいよ←
最終回しても大好きですv