夏の風物詩
その日は日直だったから遅くまで残っていたんだよ。
勿論、夕方だったから先生以外に誰もいないし、教室は静かだった。
廊下を出て、そのまま職員室に行って、先生に日誌を渡して帰ろうって、そう思っていたんだ。
今日のご飯は何だろうな、ハンバーグがいいなって、そう考えていた時。
コツン・・・コツン・・・
後ろから何かがついてくるような音がしたんだ。
驚いて後ろを振り返っても誰もいない。
気のせい、そう思ってまた歩いていたら
コツンコツン・・・
さっきより音が早くなった。
思い切ってまた振り向いたんだ。
そしたら、何があったと思う?
「保健室にある人体模型の頭が落ちていて、こっちを向いていたんだ!!」
ぎゃああ!!と耳が劈くような悲鳴を発し、ろうそくの明かりに顔を照らしながら、龍亞は叫ぶ。
「ちょっと!耳が痛いじゃない!!」
隣のソファで座っていた龍可が耳をふさぎながら龍亞に言う。
「だって、あの時凄い怖かったんだよ!オレそれから真っ先に職員室に行ってそのまま帰ったもん!」
「だからあの時『ご飯いらない』って言いながら布団に潜ったのね」
そう言いながら龍可は立ち上がり電気をつける。ガレージに明かりがつき、周りの仲間達の顔がハッキリと見えるようになった。
透明な少し長めのテーブルを囲んで、アキ、龍可、龍亞がすわり、正面のパイプ椅子にはジャックとクロウが座っている。テーブルには二本のろうそくが、炎は揺れることなく真っ直ぐに炎を灯らせている。
「けどよ、なんでそんなのが廊下に転がってたんっだ?」
クロウは怖がる様子も無く、腕を組みながら尋ねる。
「だから、それがオレ達の学校の怪談なんだよ!」
「そういえば、廊下に転がる人体模型の話は私も聞いた事あるけど・・・」
でもそんなの噂じゃなかったの?とアキが不思議そうに尋ねる。「でも実際に起きたんだ!」と龍亞が叫ぶ。
「うわあ・・・思い出しただけで、何だか寒くなってきた・・・」
「ったく、龍亞が『夏休みだから、みんなで怖い話しよう』って言い出したんじゃないの」
「だってさ、WRGP手前だからみんな忙しいのはわかるけどぉ、こういう時だから気分転換したほうがいいじゃん」
気分転換の仕方が間違ってる気がするけど、とアキが呆れながら笑う。
「それじゃあ、皆は怖い体験ってしたことないの?」
龍亞がテーブルから身を乗り出してジャック達に尋ねる。
「フン!このオレが怖がる事なんぞ・・・」
「そういえば昔、ガキの頃、マーサから怖い話聞かされて眠れなくなったことあったよな」
踏ん反りかえっていたジャックの隣で、クロウが彼に指差ししながら答える。
「ク、クロウ!何を言い出す??!」
「あまりにも怖くて、隣で寝ていた遊星叩き起こして『遊星!トイレに行きたいなら、このオレがついていってやるぞ!』って言ってトイレに無理矢理連れて行った事が・・・」
「ええい!やめんかクロウ!!」
それ以上言うな、と言いながらジャックはクロウの口を塞ぎにかかる。
「へぇ〜、ジャックにもそんな事があったんだぁ〜」
ニヤニヤと笑う龍亞に「うるさい!」と怒鳴り声を上げるジャック。「ねぇ、クロウは怖い体験とかってないの?」とアキが笑いながらジャック達を見ているクロウに問いかける。
「そうだな〜、昔サテライトで鬼柳達といた時、鬼柳が「ゴキブリが出た!」ていって全裸で出てきた時はびっくりして飲んでたもの口からぶちまけたくらいだな」
「・・・なにそれ」
呆れたアキの正面のパイプ椅子に座っていたブルーノが笑いながらジャックの怒りを静めていた。
「ジャック落ち着いてよ、そこまで怒らなくってもいいじゃない」
「フン!そういうお前は何も無いのか?」
う〜んと、とブルーノが腕を組み天井を見上げる。「あ!」と言いながら手を叩く。
「ジャックの採っておいたレッドデーモンズヌードルを自分のと間違えて食べちゃったと・・・」
全て言い終わる前にジャックの拳がブルーノの顔にダイレクトアタックする。「ちょ・・・暴力反対!」と叫ぶブルーノのすぐ側で人数分のコップを御盆にのせた遊星が近寄る。
「賑やかになってきたな」
「あ、遊星」と龍可が駆け寄る。
「お茶を入れてきたから皆に配るのを手伝ってくれ」と言うと「わかったわ」と龍可が両手にコップを持って配っていく。
「あれ?」
龍亞が不思議そうな声を上げる。
「ねぜ遊星、コップが一つ多いよ?」
「?人数分用意したはずなんだが・・・」
全員に配られた麦茶の入ったコップ。遊星は「自分の分はいれていない」と言う。それぞれ一人ずつ持つと確かに、一人分多い。
龍亞「いち」
龍可「に」
アキ「3」
ジャック「4」
クロウ「5」
ブルーノ「6」
「なな・・・」
聞き覚えない声にしん、と辺りが静まり返る。遊星以外、驚いたように目を見開き、声のした方へゆっくりと・・・振り向いた。
視線は龍亞の直ぐ隣だった。龍亞はソファの端に座っている。声のしたのは彼の直ぐ左側。
濡れたような髪に白いワンピース。そっとコップに手を出した「声の主」の手は青白く、血の気がまったくない。
「・・・その子、龍亞か龍可の友達じゃないのか?ずっと下を向いたままで何も喋っていないようだが・・・」
「遊星、いるか?」
汗を首から掛けたタオルで拭きながら牛尾が扉を開ける。「どうした?」と尋ねながらテーブルに置かれたコップを片付けている遊星。
「あ、ちょっと待ってくれ、そのお茶一杯くれないか?」
喉渇いちまってよ、と言いながら遊星が静止する間も無く、牛尾はテーブルのコップを手に取ると、そのまま一気に中身を飲み干した。後ろは酒でも飲んだように「ぷはー!」と息を吐いた。
「相変わらず大変そうだな」
「ああ、ちょっと事件があってな」
「事件?」
「小さい子が水辺で溺れてな」
「子供が?」
「遊びにいこうとして足を滑らせたらしい」
―黒い髪で白いワンピースの女の子だ、と牛尾がさらに付け足した。コップを片付けていた遊星の手が止まる。
「その子は今どうしたんだ?」
「意識不明で命に別状はなかったし、さっき連絡で目を覚ましたらしい」
「・・・・・・無事でよかった」
言いながら遊星はテーブルにまだ置かれたいたコップを見る。声の主が飲んだコップの中の物は綺麗になくなっており、その近くに水滴で文字が書かれていた。
ありがとう−
「そういえばここに来る前にクロウ達が青ざめた形相で走っていったけど、何かあったのか?」
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ちなみに牛尾さんが飲んだのはジャックのお茶だったという落ちです←